最近、いろいろな分野で自分のギフトとして表に出すようなことが増えています。

それはもう、びっくりするようなことで、

あれ?今役に立つんだ?今?

と、目を丸くしているという今日この頃です。

 

その一つが絵で(笑)。

私は、高校時代は美大に行くために、

部活に入るような感じで美術塾に通っていたのです。

バスに乗って、電車に乗って、週に何日も。

3年間それを続けたのに、

高校時代、私の人生は完全に行き詰っていて、

受験には受からないし、

闇ゆえに絵も楽しくないし、

家庭の人間関係も真っ暗で、絶望しかなく、

最後にはぜ〜んぶ捨てて、飛び出したのでした。

 

そこから私の人生は大きく展開して、

自分で生き抜くためにいろいろな体験をし、

家出からから6年後、大学に行くチャンスがあった時、

私が学びたいと思うものは

絵ではなく、心理に変わっていました。

その流れを思うと、自然と感謝が溢れます。

きつい時期でしたが、その時期無くしては、今の私はありえません。

 

 

とはいえ、そんないきさつで、

私の絵の時代はほぼ、そこしかなく、

(その後も個人の喜びとしては描いていましたが)

絵と向き合うと、基礎知識に縛られて疲れてしまうので、

絵が描けることを忘れて生きてきたのですが…

 

 

どうしても動物の絵が必要になることが最近あり、

可愛いイラストを描いてくれていたメンバーが

「動物の絵は誰かに任せたい」というので

じゃあ、という感じで取り組むことになりました。

 

どんなものを描くのかを大体決め、見本の写真を決定すると

そこからは筆が勝手に進んでいきました。

しかも、不思議とエネルギーが湧いてくるような感覚なのです。

「あ、私、まだ描けるんだ」とびっくりしながらも

こんなに集中して進み、むしろやめられないことに首をかしげながら、

完成まで3日間で一気に描きあげ、無事できあがりました。

不思議な体験だったと話すと

「ああ、だって、描こうとしていたのは動物じゃなくて

 動物をシンボルとしたスピリットだからね〜」

と、友人に言われて、なるほどと納得しました。

(そうなのです、

描いていたのはネイディブアメリカンのスピリットとしての動物だったのでした)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、

こういう展開で、自分の絵を人目に触れるようなところに出すことになるとは

予想だにしませんでした。

歌もそうです。

自分の中でずっと好きだった「歌うこと」も、

それがメインのスキルとはならずとも、

今、セレモニーの中では大切なものになっています。

踊りも、文章を書くことも、手仕事も…

(そういえば、ビーズの手仕事もこうやって突き動かされて何日も作った記憶が…)

 

何が役立つか、分からないものですね〜〜〜

そもそも、カードリーディングも

仕事にするなどと露ほども思わず、自分のために学び、役立てていたものだったので

それが仕事の一部になっているなんてオドロキです。

(今でも不思議な感じがする)

 

 

今、実は

私たちそれぞれの資源(ギフト)について学び、洞察を深めています。

ギフトを考えると、

生まれ持ったギフトもあれば、

生まれてから手にしたギフト、

体験を積んだというギフトもあります。

私たちはそのギフトを元に、役割を生きているはずです。

自覚できるギフトもあれば、自覚なく発掘するようなギフトもある。

これまでの経験が、どんな形で日の目を見るかなんて、

小さな私たちには分からないのです。

 

どんな体験であっても、

それは本当に尊い、

と思います。

そこからの変化も、そこでの気づきも、すべてが大切。

 

一瞬はゴールと同じくらいの大切さがあります。

丁寧に生き、その体験も大切にしていけたらいいですね。

 

今回のことで、自分にとっての〈絵〉は、

意識を塗りなおすことができた感じがしています。

人生は、

面白い。

 

 

ギフトを発見するワークショップも、

ネイティブアメリカンの7つの美徳オンラインお話会の付録として

企画する予定です。

(すみません、HERPの仕事ではなく、

淡路島スウェットロッジコミッティでの仕事ですが。

ご興味のある方は、

FacebookPage淡路島スウェットロッジで大地とつながるへどうぞ

https://www.facebook.com/awajishimasweatlodge

ちなみに、これらの絵は7つの美徳の新しいテキストのカットとして使ってもらいます。

今回、日本語訳も3人で3回も合宿して頑張りました〜〜〜。

その時間が尊い!(笑)

 

 

 

人生を輝かせる輪をたくさんの人と分かち合っていきたいです。

 

あなたのギフトは、なんですか?

 

 

 

HERP

https://herp.1net.jp/

 

❂Cafe NONNA NONNOさんでの9月のカードリーディングDay

 9月3日(木)・21日(月・祝)
 https://www.facebook.com/events/1619215058254108

 

❂小さなお茶会 9月17日(木)10:00〜12:00

 https://www.facebook.com/events/355898752107027

 

❂カードリーディンクベーシック講座

 9月9日(水)9:00〜12:00&9月17日13:00〜16:00

 https://www.facebook.com/events/333283837908192

 

 

ヒプノによる前世セラピーをさせていただいています。

 

私は小さいころから、わりと現実ではない映像が見えるタイプの子どもで、

自然と〈見えない世界〉〈これまでいた世界〉のことを大切にしてきたのですが、

親はまったく理解がない、いわゆる普通の人たちでしたので、

早くにそれを人と分かち合うことはしなくなりました。

 

ただ、その世界があるということは、ずいぶん私を慰めてきてくれたと思います。

今見えているものが、たくさんの物語の一つだということは

なんとなく理解できていたからです。

 

しかし、弊害もありました。

見える映像が美しく、平安なものだと(もちろん、怖い映像もありましたが)

「そこに戻りたい」という欲求が強く、

現実から閉じこもる傾向にあったことです。

 

 

 

そんな私が22歳の時に、尊敬できるエルダーの女性に前世のことを尋ねたことがあります。

彼女は前世について話せることができる5歳の女の子を、縁あって養子にしていました。

その女の子は、生みの親である母親のことも、養母となるその女性のことも

以前どんな存在として自分と関わっていたのかを覚えていたのです。

 

そんな子どもを育てる彼女は、私にこう話してくれました。

 

「私はね、私たちが前世を忘れて生まれてきていることは意味があると思っているの。

私たちがこれまでの記憶が必要なら、そのようにして生まれたはず。

本当にそういう前の生があったことは、そうかもしれないと思っているけれど、

今の人生をなおざりにしていい理由にはならないでしょう。

だから、そこにわざわざ注目することはしていないのよ」

 

その言葉は、当時の私には新鮮で、

しばらく前世について、あえて封印していたくらいでした(笑)。

でも、そのおかげで、本当に必要なことが何か、そのバランスを

自分なりに取れるようになった気がしています。

 

 

前世を知って、

それが幸せなものであっても、悲劇であっても、

それが自分の特別性(「特別な存在でありたい」という欲求)を満たすものなのであれば、

今の自分には必要のないもの、つまり、忘れていていいものだと感じます。

あなたの前世が卑弥呼であろうと、殺された勇者であろうと、音楽家であろうと、

どの国の、何をした人であろうと、

すでに、今の自分は特別であって、その特別性をアピールしなくていいからです。

前世のストーリーはすでに終わったものであり、

いわば、「済」のハンコの押された物語です。

私たちはバラエティに富んだ体験をしたいという欲求を持っていますから、

この人生を、すでに終わったものに引きずられて使ってしまうことに対して、

もったいないなという風に思っています。

 

あなたが前世でどんな人生を送っていようとも

それはすでに終えたことなのです。

 

それがまず、一番大切なこと。

そのうえで、今抱えていることは、〈今の自分として〉取り組んでみることが大事です。

大抵のことは、あなたが超えられる前提で起こっています。

そこから逃げないことがとても大事なことなのです。

 

 

それでも、理解できない原因不能なトラウマがあったり、

どうしても超えられない癖のようなパターンがあったりして、

それが今現在の自分の弊害になってしまっているときに、

じゃあ、今の自分以外にも探ってみようか、という流れで

前世についても、取り組みの一つとして考えてみるのが、いいバランスだと思います。

 

前世のことは、よほど鮮明でない限り証明できませんし、

正直に言うと、ただの電気信号だと思っています。

(そういう意味では現世も電気信号なのですけど)

いわば、ファンタジーでファンタジーの傷を軽くする感じです。

それでも、最終手段というなら、手としてはアリだと思っているので、

その理解の上でなら、いい体験となると思います。

 

前世セラピーの中では

自分のギフトとなっている素質や、一貫して持っている願いのようなものも

垣間見ることができます。

大切な人との関係性や、それらにまつわるストーリーを追うことは、

(たまになら)自分の人生を理解するヒントになりますし、

私たちがどんな風に体験を重ねているのか、

かなりの距離を取って理解することにも繋がります。

(死が消滅ではないことも体感できるかと思います)

 

 

 

前世セラピーについては、

誰でもどうぞ!とカードのようにはお勧めできません(笑)。

ですが、もし、必要だなと、本当に思ったときには、

必要なタイミングでご利用ください。

前世を覗くことが、あなたに本当に役立つように案内し、

体験だけではなく、フィードバックまであわせて、フォローさせていただきます。

 

うーん

それにしても、

こういう話は尽きませんね…

まだ書き足りない気がしますが、あんまり書くとまたバランスが崩れるので、

それはまた、お茶会とかに軽い感じでお話しますね☺

毎日暑いですが、水分取って、身体をできるだけ綺麗に保っていきましょう!

この変化の時期を、楽しめますように🌈

 

 

HERP

https://herp.1net.jp/

 

❂Cafe NONNA NONNOさんでの9月のカードリーディングDay

 9月3日(木)・21日(月・祝)
 https://www.facebook.com/events/1619215058254108

 

❂小さなお茶会 9月17日(木)10:00〜12:00

 https://www.facebook.com/events/355898752107027

 

❂カードリーディンクベーシック講座

 9月9日(水)9:00〜12:00&9月17日13:00〜16:00

 https://www.facebook.com/events/333283837908192

 

 

ワンネス体験は、貴重なもので、

実際のそれは、ピースフルでラブリーなものではなく、

深淵を覗くような、ゾゾ毛が立つようなものだと思います。

「わ〜♡」というより、

「お、おぉ…」というような、

戸惑いとクリアな意識下で自分の認識が否応なく広げられる感じ。

体験は、個人的なもので、なかなか言語化できないものだと思います。

 

その体験があるか無いかは、私たちの価値を証明するものではないと感じています。

ワンネス体験がなくても、

誠実に、気づきを得る道を歩む人は実際たくさん居ますし、

別にあってもなくても、変わりません。

誰かと比べるものでもないし、有る無しが基準でもありません。

 

あなたはもし、胎内記憶を思い出した人がいて、

その記憶はその人の価値を左右すると感じますか?

私は、ワンネス体験は、私たち本来の居場所を垣間見る体験だと感じています。

胎内記憶のように、私たちはすでにそれを体験し、記憶しているのですから、

ひょんなことから思い出すことは、不思議では無いと思うのです。

私たちは求めれば、偶発的にそうした体験が本来できるようになっていると思いますし、

同様に、その体験がその人の価値を決めるものではないと感じています。

 

むしろ、

垣間見た、というチャンスを自分の日常にどう活かしていくか、

その意識のまま、世界で過ごせるようにどのようにしていくか、

という大きなチャレンジがやってきたことを示しているのだと思います。

ワンネス体験をすることより、そのチャレンジの方がずっとずっと難しいし、

途方もない価値があります。

 

 

ワンネスを体験すると

その壮大さにびっくりし、理解が追いつかず、

体験を分かち合おうとして、言語化の難しさに頭を抱えるかもしれません。

理解が及ばないと、その体験を特別視して、

さらには、その体験をした自分をも特別だと感じるかもしれません。

きっと、それは私たちの特別性への欲求を満足させてくれるものでしょう。

 

でも、と、私は思います。

あなたにその体験がやってきているのは、

自分の中のエゴの欲求を満たすためではきっとないはずだと。

私たちは、チャレンジをするために、この身体を選び、この生を生きているはずです。

そのあなたが、ワンネス体験をしたなら、

それは、エゴではないものを選び取ることをガイドされているのではないかと思うのです。

 

私たちは、ワンネス体験を

いつも日常に観ることができるようになるために、

その体験をするのかもしれません。

あなたの内側の小さな変化が外でも同じように起き、

奇跡は、日常化します。

きっと、奇跡も特別なものではなくなります。

 

 

あなたに、もしその体験があるなら、

その体験が本物であるなら、

自分の思いが、エゴから来るものなのか、愛から来るものなのか、

すでに理解できるはずです。

 

エゴは私たちをとても巧妙に誘います。

でも、

いつでも、選択権は私たちにあります。

「一方を選ばないこと」も、選択をしたということになります。

あなたは、今どちらを選択しますか。

あなたが選ぶなら、ワンネス体験は、あなたの日常へと繋がっていってくれます。